テンネン人生航海(後悔)日記
テンネンの日々の記録
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人生何に一番お世話になっているのだろう?
日暮し硯に向かいて、、、後期高齢者とかになって昨年末の12月10日、初めての大病を患い、自分が何者あるかを考え、この地球という星の中で存在している、現実と真実を改めて問質すに、今日までに一番誰にお世話になってきたかと考える内に何故く今日一日を生きているのかの疑問にぶち当たり、先ずはどうして声明を永らえているのか、はたと食する事に心が行き、最初に最大の最高にお世話になっているのは我が肉体である、その最先端は「喉」であり、この検問を通らないものは如何なるものも、通過することはできないし、その検査の程度は過酷、厳重を極める、肉から魚、野菜、アルコール、毒物さえチェックし、あらゆる飲料や薬さえ、厳重に見極め時には、ストップし、入れさせない。
これ以上の厳重な門番がいる筈がない、そのお陰で、体全体の部署、機能、機関にもデータを送り、指示影響を維持し、最高機関としてこの肉体のバランスを図っているのである。言い尽くせるものは外にない、時には声を調整し、音量を調整し、この個体の意思表示し、脳の機能にまで絶大な影響を保持している。まずは、「ノドチンコ」様さまである。
これからは、すべての機関にもお礼と評価をしようと思う!
これ以上の厳重な門番がいる筈がない、そのお陰で、体全体の部署、機能、機関にもデータを送り、指示影響を維持し、最高機関としてこの肉体のバランスを図っているのである。言い尽くせるものは外にない、時には声を調整し、音量を調整し、この個体の意思表示し、脳の機能にまで絶大な影響を保持している。まずは、「ノドチンコ」様さまである。
これからは、すべての機関にもお礼と評価をしようと思う!
東北大震災が日本人、人類に伝え、教えるものは
東北大震災以来、日本人の思考回路が最近少し、偏向してきたような気もする、自然信仰で何事もすべて神様という本来の日本人の本質的な良さへの回帰である、足踏みしながら、昔の記録を紐解きながら、祖先が伝えようとした自然への畏敬の観念が出てきているような気がする。
若い頃は何としても資源を克服しなくてはならない、そのために学問があると考えてきた、南氷洋のクジラ捕りも自然への挑戦と考えていた、荒れ狂う、自然の猛威と戦うのが我々の義務であり、科学がおおい夏なる手立てであると信じてきた。
ハード的には世界中で頻繁に起きる自然災害で人類が征服する事の不可能さと、絶望感も出てきた、そこで自然と共存協調するしかない事に気づいてきたのである、特に日本の国土の地形も生い立ちも、地球の中心にあるマグマが噴き出す割れ目である、プレートのつなぎ目にあり、地球上で尤も不安定の位置にあることに気がついたのが今日である。
ソフト的には人間の欲望を満たすために豊かさを満たすために、手で造ることで満足できず、遂には戦争の道具としてアインシュタイン等が原子力に手をつけてしまった。
世界的な公平のためと言いながら、ローマ、古代中国の独裁搾取から、200年前から貿易で経済をバランスしようとが最近になり、交易しているが、情報が欲望を掻き立て、戦争ばかりになってしまったが、何とか皆で旨くやってゆく方法の一つに独裁から市民に権利を移すフランス革命からソ連では経済の格差で上下関係をなくすると「共産主義」と試行錯誤し、怠惰な人間の本性を操作できずに、多少の競争主義を入れることが一番良いと資本主義に走ったが、リーマンショックなど自由競争の行き過ぎが、極端な差別を産んでしまい、資本主義の限界を露呈してきた。
さて、人類は次にどんな選択をするのであろうか、全世界が同じペースで何事もやって行こうと云う、ルールも無いワールドスタンダードという、耳に心地よい言葉であったが、ハンデも無い均一さは無理であり、貧富の格差は広がるばかりであり、物質的な裕福感を共有しようという理想も空しい、自由貿易という必然性が大いなる邪魔である。
永久でないこの地球で人類は次にどんな選択をするのであろうか?
物造りには現在の科学では電力と言う「エネルギー」は必要であり、炭素化合物か原子に頼るしかない、いずれも地球を永遠に汚染させる、窒息死する人類の減少が地球の限界かもしれない。〜それがいつ何であろうか?
ウランやプルトニュームの半減期などアテニハならない。〜悲しいかな!今のところ放射能の封印の手立てはない???
若い頃は何としても資源を克服しなくてはならない、そのために学問があると考えてきた、南氷洋のクジラ捕りも自然への挑戦と考えていた、荒れ狂う、自然の猛威と戦うのが我々の義務であり、科学がおおい夏なる手立てであると信じてきた。
ハード的には世界中で頻繁に起きる自然災害で人類が征服する事の不可能さと、絶望感も出てきた、そこで自然と共存協調するしかない事に気づいてきたのである、特に日本の国土の地形も生い立ちも、地球の中心にあるマグマが噴き出す割れ目である、プレートのつなぎ目にあり、地球上で尤も不安定の位置にあることに気がついたのが今日である。
ソフト的には人間の欲望を満たすために豊かさを満たすために、手で造ることで満足できず、遂には戦争の道具としてアインシュタイン等が原子力に手をつけてしまった。
世界的な公平のためと言いながら、ローマ、古代中国の独裁搾取から、200年前から貿易で経済をバランスしようとが最近になり、交易しているが、情報が欲望を掻き立て、戦争ばかりになってしまったが、何とか皆で旨くやってゆく方法の一つに独裁から市民に権利を移すフランス革命からソ連では経済の格差で上下関係をなくすると「共産主義」と試行錯誤し、怠惰な人間の本性を操作できずに、多少の競争主義を入れることが一番良いと資本主義に走ったが、リーマンショックなど自由競争の行き過ぎが、極端な差別を産んでしまい、資本主義の限界を露呈してきた。
さて、人類は次にどんな選択をするのであろうか、全世界が同じペースで何事もやって行こうと云う、ルールも無いワールドスタンダードという、耳に心地よい言葉であったが、ハンデも無い均一さは無理であり、貧富の格差は広がるばかりであり、物質的な裕福感を共有しようという理想も空しい、自由貿易という必然性が大いなる邪魔である。
永久でないこの地球で人類は次にどんな選択をするのであろうか?
物造りには現在の科学では電力と言う「エネルギー」は必要であり、炭素化合物か原子に頼るしかない、いずれも地球を永遠に汚染させる、窒息死する人類の減少が地球の限界かもしれない。〜それがいつ何であろうか?
ウランやプルトニュームの半減期などアテニハならない。〜悲しいかな!今のところ放射能の封印の手立てはない???
肉親の兄の逝去について
9人の元気な兄弟姉妹の最初の葬儀となった。全員が揃ったが、子供たちの悲しみとは違う、何か淡々として送る事が出来た、子供頃からの歴史を振り返り、過去を思い起こし、真実人生とは人間とは何かと考えざるを得なかった、命は本当に薄いのか、重いものか、何のための人生であったろうかと自分自身に聞いてみる。
人間の死に方の方が大切で、難しい感じがしてくる、何をし、何をしなかったのか?
毎日のように耳に入ってくるニュース日本では福島の原発の大事故を4ケ月の何の解決もできていない、中国では日本のモノマネで新幹線を作り大事故を起こしたその措置の無責任きわまる共産党の惨さを惨さと感じない独裁者の怖さ、その措置の幼稚さに、愕然とする,一方ではあおの静かな国ノルエーで無防備の青年を絶たせたまま100人を銃殺した偏狭な思想、相変わらずの幼稚な北朝鮮の駄々っ子作戦、人間とは何かと、改めて問いたい。
人類は何処に向かっているのか?何時まで彷徨い続けるのか?、
9人の元気な兄弟姉妹の最初の葬儀となった。全員が揃ったが、子供たちの悲しみとは違う、何か淡々として送る事が出来た、子供頃からの歴史を振り返り、過去を思い起こし、真実人生とは人間とは何かと考えざるを得なかった、命は本当に薄いのか、重いものか、何のための人生であったろうかと自分自身に聞いてみる。
人間の死に方の方が大切で、難しい感じがしてくる、何をし、何をしなかったのか?
毎日のように耳に入ってくるニュース日本では福島の原発の大事故を4ケ月の何の解決もできていない、中国では日本のモノマネで新幹線を作り大事故を起こしたその措置の無責任きわまる共産党の惨さを惨さと感じない独裁者の怖さ、その措置の幼稚さに、愕然とする,一方ではあおの静かな国ノルエーで無防備の青年を絶たせたまま100人を銃殺した偏狭な思想、相変わらずの幼稚な北朝鮮の駄々っ子作戦、人間とは何かと、改めて問いたい。
人類は何処に向かっているのか?何時まで彷徨い続けるのか?、
愈々退院
先の手術後、医師は自由に「どんどん」というつい拡大解釈する自分であり、自分の健康を過信し、運動、飲食何でも普通でよいと医者が言う、自分なりの解釈で何時もの様に、エキスバンダーで腹筋の運動は当然と思っていたし、開腹手術も30センチでどこも十分に繋がっていると思っていたが、ある日突然臍の近くが迫り出してきた、さっそく医者に見せると今度は「いきなりの激しい運動はいけない」という、どうやら、腹の皮が切れ弱い部分に「小腸」が外に出たがってきたようである、仕方なく、再度の入院で補助材を入れて縫いなおしということになり、暇な時間を見つけて再入院、今般は自分でお願いし麻酔を少なくしてもらった、何にも分からずでは傷に申し訳ないし、手術の実感が湧かないので、医師は「痛みがしばらく続きますよ」ということであったが、何ともなかった。
尿ホースも点滴もあり、ベッドに縛られ自由に行動できないので一日で撤去し、何でも自分でできるようにした。今度は十分に皮が付いてから退院するつもりで、医者には特別お礼とお願いした、2週間という長期戦になったが、入院中に態と難しい、哲学や宗教の本など他には漢詩、唐詩を楽しみ、NOVAや速読英会話をテープで聞いたりしていると、瞬く間に日にちは過ぎた、良い人生の半生の時間になった。
この間に75年に人生のすべてを思い起こして、ノートに書くいたところが簡単に一冊になった。人生の儚さを改めて知らされた,自分ン御人生は何だったのか、定年までの人生と定年後の人生の短さに、またも「生きるとは何か?」を投げつけられた。
尿ホースも点滴もあり、ベッドに縛られ自由に行動できないので一日で撤去し、何でも自分でできるようにした。今度は十分に皮が付いてから退院するつもりで、医者には特別お礼とお願いした、2週間という長期戦になったが、入院中に態と難しい、哲学や宗教の本など他には漢詩、唐詩を楽しみ、NOVAや速読英会話をテープで聞いたりしていると、瞬く間に日にちは過ぎた、良い人生の半生の時間になった。
この間に75年に人生のすべてを思い起こして、ノートに書くいたところが簡単に一冊になった。人生の儚さを改めて知らされた,自分ン御人生は何だったのか、定年までの人生と定年後の人生の短さに、またも「生きるとは何か?」を投げつけられた。
自分にご無沙汰!
定年退職後、我ながら忙しい時間が過ぎて行きました、老人会の会長をやり、街の救急救命講習会、パソコンの高齢者への無料講習会と充実思う存分にやることが出来ました、会長辞任後、これからはと思っている瞬間に信じられない「大動脈瘤切迫破裂」という事態に会いました、自分では74歳では考えられない程に健康体であり、退職後は10年間の状態は掛かり付けの先生からも脈拍130・70で問題なく、血液検査すべて標準内と言う、超優良老人でしたが、12月10日老人会の前々会長の葬式で弔辞を読み、何気なく医者の先生に会いたくなり、だるいのでと「点滴」を所望したところ、二つ返事でやってくれましたが、帰りに先生が「何時もと違う」というのです、自覚症状なく、「エコーー検査」のところ、将に動脈瘤が肥大し破裂寸前という事態がわかり、そのまま白十字病院に送られ、直ちに九州医療センターに救急車で送り込まれ、慌ただしくも、家族を呼べという医者の掛け声と「猶予ならざる」言葉が次々話され、生命に危機にあることが告げられたが、言葉では理解できたが、納得のでいない状況であったが、生命の危機にあることは理解できたし、現状は存命率が20%から、手術中の破裂では絶望的に0.2%と告げられた。
こんな時にも自分の同僚の死去を思い、は自分でも75歳まで生きられたことで「完全に諦めた」輸血の関係でぎりぎりの明朝の手術が確定した、「おさらば」のつもりで臨んだ、9時間近く無意識のうちに時間が過ぎたようであり、午後12時から夕方9時ころまで、無意識であった、人の声が聞こえも、自分が生きているのいか死んでいるのか分からなかったが、聞こえるということは生きているのであろうと自分に言い聞かせた。
4週間の入院がわずかに10日で退院となった。
所が2ケ月後に以上に臍の上が突起し、内部に異常があることがわかった。発見した今村先生の処置で、再度医療センターで検診の所6月22日に再入院という、日常生活にも何の異常も感じないが、人間の健康とはこんなものなのであろうか?
手術中の縫い方の失敗で、医術の信頼を損なう事態ではないだろうか?患者には何も教えてもらえない?
正に屠所に曳かれる子羊である。寿命とは誰が定めた何であろうか?心pは穏やかであるが時間が勿体ないような気がする。これも自分の人生の持ち時間か?
こんな時にも自分の同僚の死去を思い、は自分でも75歳まで生きられたことで「完全に諦めた」輸血の関係でぎりぎりの明朝の手術が確定した、「おさらば」のつもりで臨んだ、9時間近く無意識のうちに時間が過ぎたようであり、午後12時から夕方9時ころまで、無意識であった、人の声が聞こえも、自分が生きているのいか死んでいるのか分からなかったが、聞こえるということは生きているのであろうと自分に言い聞かせた。
4週間の入院がわずかに10日で退院となった。
所が2ケ月後に以上に臍の上が突起し、内部に異常があることがわかった。発見した今村先生の処置で、再度医療センターで検診の所6月22日に再入院という、日常生活にも何の異常も感じないが、人間の健康とはこんなものなのであろうか?
手術中の縫い方の失敗で、医術の信頼を損なう事態ではないだろうか?患者には何も教えてもらえない?
正に屠所に曳かれる子羊である。寿命とは誰が定めた何であろうか?心pは穏やかであるが時間が勿体ないような気がする。これも自分の人生の持ち時間か?




